• ようこそゲストさん!

MihoGさんの日記

(SNS全体・外部に公開(Web全体に公開))

2012年
08月01日
12:37 MihoGさん

英語に標準語はあるのか? 文法は誰が作ったのか?

去年2011年10月から今年2012年の上旬までサリナスにある、アダルトスクールに通っていました。クラスでたった一人日本人だった私は、先生から質問される事も多く、言葉にしろ、文化にしろ、英語と日本語の違いみたいな事をよく話していました。

ある日、文法を勉強中に、ある疑問がわきました。それで、授業中に先生に聞いたんです。そもそも英語の標準語ってあるのか?と。

Wikipediaによると、日本では、「公式には標準語は存在しない」でも、「日常会話において「標準語」という用語は現 在もしばしば使用され、その場合「標準語」は東京の口語(東京方言や首都圏方言)を指すことが多い。」だそうです。

私は、このことを知らず、「東京で話されている言葉が標準語です。」と答えました。

でも、アメリカでは、言論の自由Freedom of speechという法律があり、国家が標準語を決める的な事に否定的な意見が多く、標準語は存在しないんだよと言うことで盛り上がりました。

言葉とはコミュニケーションツールではあるけど、そもそも、言葉を書き記す必要性が出てきたのは、何故なのか?それは、国のルールを記しておくためとか、毎回公平に税金を納める量を記しておくためだったとか。

話を文法に移します。

日本語の文法は、国立国語研究所という場所で決められ、文部省が管理しているようです。

英語はどうでしょうか? 先生曰く、英語はそもそも、ローマ人が使っていた言葉から派生しているので、オリジナルではないのです。各国が英語を輸入し、アレンジしていったので、国によっても文法は違います。そして、文法とは、言葉がどう使われるかであって、言葉がどう使われるべきかではない。(grammar is how a language is used, not how it should be used.)大学の教授ですら文法に関しては、意見が分かれるというような事があるくらい。言葉は常に進化しているものという感じです。そっちを使う人間が多いなら、それがいわゆる正式な文法になっていくと言う感じ。だからこそ、そんな質問がテストに出る事はまずないのだそうです。文法は、あるようで、正式ではないくらいの位置。 ま、しいて言えば、文法は、辞書を作った人が一役買っているという事くらいでしょうか。

私たちが日本で習っている英語文法は正しいのだろうけど、もしかしたら今では古いのかもしれませんね。

【参照】
Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%BA%96%E8%AA%9E
Wikipedia抜粋
国語学の世界では、共通語は「現実であり、自然の状態」、標準語は「理想であり、人為的につくられるもの」と定義され、区別された。そうした意味で、現在 の日本には標準語を定義・規定する政府機関や団体が存在しないため、公式には標準語は存在しない。しかしながら日常会話において「標準語」という用語は現 在もしばしば使用され、その場合「標準語」は東京の口語(東京方言や首都圏方言)を指すことが多い。

Who invented English grammar?
http://answers.yahoo.com/question/index?qid=2008091613282...
  • 総アクセス数(15,929)
  • 拍手拍手(5)
  • お気に入りお気に入り(0)

コメント

1番~20番を表示

次を表示

2012年
08月01日
21:31
hiromidukiさん

そう、そう、そうなんだよね。高校生の娘がやってた英語のプリントに"I'm a Japanese."ってあったんだけどさ、どのネイティブさんに聞いても bad grammar だって。私もすごく違和感があって、思わず間違いじゃないのかと娘に聞いたけど、答えがそうなってるって。文法の勉強も学習上必要だろうけど、文法的に問題なくても実際に使われないような表現を教えていいの?と先生につっこみたい。

日本語を学習している外国人の中には、あえて「関西弁」が習いたいという人もいるし、個人的には「標準語」にこだわる必要はないんだろうなと思うのです。南部なまりの英語でも、西海岸の英語でも、それはそれで面白いよね。とにかく私は「自然な表現」を使いたい、この一言に尽きます。

そういえば卓球の福原愛ちゃん、流暢な中国語を話すけど、実は東北なまりの中国語なんだって。かわいいよね。

2012年
08月02日
01:20
mouthbirdさん

文法オタクのマウスバードです。今晩は。

>MihoGさん
もちろん、言語があって、その中で見つけられた法則が文法です。
というか、文法に限らず、世の中の法則ってみんな「発見された」ものだと思うのです。例えば「万有引力の法則」は、発見されたから「物体に引力が発生した」わけではないですよね。最初からそういう法則があったのを人間が発見したのです。それが分かったから、例えば「宇宙に飛び出すにはどのくらいの力で重力に逆らえばよいか」が計算できるわけです。

 私は文法オタクですが、全ての英語学習者に文法が必要とは思っていないのです。(よく誤解されます) 「必要な文法力は人によって異なる」というのが私の主張です。例えば「三単現のs」という文法があります。多くの日本人はこれをちゃんと習って使うはずです。ところが、そんなことを習わないまま適当に使ってたら、ちゃんと「三単現のs」を使い分けてた…なんていう英語学習者はいくらでも存在します。だいたいこういう人の方が英語が得意です。

 「日本で習う英文法」は明治期に入ってきた「イギリス文法」が基本になっています(明治のある時期からイギリスと日本は仲良くなったのです。日英同盟を結んだぐらいです)。そこから時代と共に、教わる文法も徐々に変わってきている感じです。特に戦後はアメリカ英語が主体になってきました(米軍に占領されたから)。戦後は教わる文法もアメリカ英語的になってきているのです。
 そうでなくても「言語は変わるもの」です。日本語だって「れる・られる」の使い方が変わってきています。「食べられる」が正式な用法で、「食べれる」は非正式…とされてきましたが、今では普通に「食べれる」と使うはずです。同じように英語も変質しているはずです。ですが、それが体系化するまでに時間がかかります。したがって、文法はどうしても古いものが教えられる傾向が残ってしまうのです。
 でも、文法書の説明も徐々に変わって来ているのは確かです。例えば「接続副詞」なんて品詞は30年前の文法書には無かったのですが、現在の本には存在しています。う~んこの例だとわかりずらいか…

 じゃあ、文法とはちょっと違いますが、shall の話をさせてください。50年ぐらい前は shall という言葉はけっこう使われていました。ところが20年前ぐらいの時期では shall を使う人はほとんど居なくなりました。当時の参考書には「shall は現在あまり使われない」などと書かれていたものです。 ところがどっこい、ここ10年ぐらいで、shall はまたよく使われるようになったのです。こんなふうに「ころころ変って」も、文法は変化に対応しにくいのです。「shall なんて今はあまり使われない」と書かれている20年前の参考書は現在も売られているのです。

>>1 hiromidukiさん
>>"I'm a Japanese."
これは単に、その高校の先生に 冠詞の知識が乏しかっただけだと思います。冠詞は日本人には最難関ですから、そこはあまりつっこんで欲しくないなあ~というのが英語教師の言い訳になると思います。
 このケースでは I'm Japanese. が自然なはずです。「日本人」と言いたくても、こういう場合は Japanese を形容詞にする、だから冠詞は普通つかないという文法があるのです。これは「冠詞の学習時」に習うのです。私はちゃんと学習してます。文法で!(ようするに、この人がこの文法を知らなかっただけ)
 I'm a Japanese. は×とは言えませんが、△ぐらいです。

 高等学校で、こうなってしまうのは「今は」仕方がないと思います。今の高校の先生は文法知識が少ない人が多いのです。知らないのだから教えようったって教えられないのです。例えば私の知り合いで、アメリカの大学院を出た元高校英語教師がいます。英語はものすごいペラペラです。ですが、英文法はほとんど知らなかったです。私に「分詞構文って何?」って聞いてきました。教えたらかなりびっくりされましたよ。

 こうした事実から「文法を知らなくても英語が出来る日本人は大勢いる」という結論になったのです。ところが私にはこれが全く当てはまらなかった。そこで私の見解は
・「必要な文法知識は人によって異なる。英語が苦手な人ほど必要。得意は人ほど不要。多くはその中間」
というものになったのです。ご参考に。m(_ _)m

2012年
08月02日
01:58
たっつんさん

>アメリカでは、言論の自由Freedom of speechという法律があり、国家が標準語を決める的な事に否定的な意見が多く、…

 アメリカの人って、ホントに誰かに自分のことを決められるのが嫌なんですよね。そういう意味の「自由」ってことなんだなぁって最近理解しました。自由がある分、責任とかリスクも大きくなる訳ですが、それでも「自由最高!」ってのが彼らアメリカの人なんですね。これが自由主義ってやつですか…。

 小浜さんが、日本みたいな国民皆保険制度を設立したいってのを公約に掲げてきて、「いいんじゃない?」って思ってたのですが、「裁判」ってどーゆーこと?ってはじめは思いました。
 日本や北欧の国民皆保険って世界でもけっこう評判のいい制度だと言われていたと思うのです。でも、それがなんでそれが違憲とかっていう話になるの?って思ってました。
 結論としてはここでもやはり、彼らは「自由であること」にこだわった訳ですね。

 要は、ほかの誰かに自分の保険を決められたくない、っていう「自分で決断する自由」っていうのをとても重要なことだと捉えているんですね。それを小浜さんは侵害していると。

 この国民皆保険についての考え方の日米の違いは、両者の発想、根拠、性質がとてもよく現れている象徴的な事象だと思いました。
 私たち日本人は一般的に、厚生年金等の天引きは確かに安くないかもしれませんが、医療制度を支えていく上では、自動的に天引きするというのも悪くない制度だと認識していると思います。ここがある種、日本人の dependant 、他力本願的な思考性質の典型例だと思うのです。
 またひとつ、日米の対照的な gap を発見しました。

p.s. 言語の文法と経済学は結果を考察して法則性を説明するだけの「後付け学」かと。

2012年
08月02日
05:53
green-geckoさん

おおっ~!
Mihoさんのエッセーも、皆さんのコメントも、とても勉強になります!

日本では、昔は「標準語」が学校教育で強要されていた時代もあるのですよね。
年配の友人から、教室でウッカリお国ことばを発してしまうと
首から「方言札」というのを下げられて立たされる罰があったという話を聞きました。
ぜったい、そんな時代に逆戻りするのはゴメンです。
でも、今も学校で転校生や帰国子女が、
ちょっと発音や表現が異なる日本語を発すると、それが笑われたりすることもあるので、
笑うほうが、世界の広さを知らない恥ずかしいことかもしれないと、
気づく子どもが増えてほしいな。
一方、文法や表現の偏差には敏感でありたいです。
バカにして笑うのはNGだけど、「え、今のなにそれ?」と気づくのはいいと思う。
そこいらに生えている植物の種類に敏感だと、世界が楽しく把握できるのと同じように
(あ、わかりにくいたとえだなーー)言葉の多様性も好奇心を持って楽しみたいです。

「標準」=「正しい」という中央集権的な発想(?)をしないで生きられるのは、
風通しの良い社会で、好ましいと思います。
多様性を総体として認めて、それでも連帯感みたいなものもその中で養えたら
それは居心地が良い社会でしょ?
ただ、多様性を受容することは、自分の立ち位置を不安にすると感じる気持ちもあるでしょうね。

わたしは、生まれ育った場所を離れて暮らすようになって、
自分が「横浜の言葉」、「女子校の言葉」、「理科系の言葉」、「オタクな言葉」など、
ある特徴を持つ言葉や文法を話すことにはじめて気づかされました。

追記:まば先生のコメを読み、今手元に置いてある紙の辞書が、自分が20代から使ってきたシロモノであることに、市松模様な不安を感じはじめました(笑)shallのお話、へえ~!!です。

2012年
08月02日
16:44
MihoGさん

こんばんは!(^^

さらっと、読ませていただきましたが、皆さんの意見すごく面白いです!!!

ちょっと最近ばたばたしてて、ちゃんと時間をとって、じっくり読むのが楽しみです♪

では、その時まで!!

2012年
08月03日
12:50
hiromidukiさん

>>2 mouthbirdさん
I'm a Japanese. についてのご意見、ありがとうございました。^^
以前にもお伝えしたことありますが、娘は英語が大の苦手です。語順が日本語と違う上に、文法用語が彼女をさらに混乱させるようです。だいたい、形容詞って何?というレベルですから・・・。まあ、これは国語の問題でもあるような気もします。和訳も苦手のようですし。

2012年
08月05日
12:55
room2806さん

I am Japanese. か、確かにそうですね。I am a Japanese. とすると、I am a Japanese [citizen]. という具合に、「一人の日本国民であります!」と息巻いているような、そんな感じがするのかな、と思います。

冠詞については「とてもマスターできないだろう」とカナリあきらめの気持ちを持ちながらも、「最低、あきらかに使い分けられるものについては気をつける」というスタンスでやってきました。最近になって、「一定期間冠詞だけに注目してみようか」と取り敢えずは一年間くらい見直してみるつもりです。

I am an American citizen. こういうセリフを何度か映画で見た記憶があるのです。どこかわからない離れ島の牢屋に拉致されて気を失っていた主人公が目を覚まして、「ココはドコだ、だれもいないのか」などとわめきながら、こういうせりふを言う。「どこの国かもわからないのに、アメリカ国民だぞって...」と不思議な感じがしたのを覚えているんです。

この場合は一人で拉致されてきたわけですから「一人のアメリカ人」というのは当然なのですが、どうも国籍を述べているだけではなく「一米国人として抗議する」というような感じが強く出ている感じがしませんか。

冠詞をやり直すには、名詞や数の概念もやりなおさぜるを得ません。けれども、とても面白いです。特に、簡単な単語が曲者です。マウスバード先生のアプリがいいかなぁ、なんて考えてますけど、足枷になってもツライし^^

例えば、今パッと考えてみたんですが、air 空気、これがケッコウ厄介ですね。熟していない考えなので突っ込まないで下さい。

1. 無冠詞の場合

空気、一般的な漠然とした空気全般的なもの

a breath of fresh air … 一服の涼風みたいなかんじ

2. an air, airs

空気でも、ある種の空気、オーラ的に捉えるとわかりやすいかも

with an air of importance... もったいぶったような感じ

3. the air

私たちの周りにある空気→大気とかそういったもの

基本的に誰にも共通する常識的なものを現す the と言えるかと思う。

love in the air … ヒトの周りがハートで囲まれている様子ღ

以上の様に冠詞が付くことで漠然とモノや現象をあらわす名詞が具体化される。

わかりやすくは無いと思います。今考えながら思いつきで書いていますので。ただ、基本的にこういう考えを膨らませて整理するとカナリ説明は付きそうです。定冠詞は共通してわかる3の発展のような形で文脈や論理上定冠詞が要求されるような場合も考えられます。そのあたりは、ヒトに説明できるものかはまだ考えていません。

繰り返しますけれど、これは私にはこういう感じがするというものなので正しいとか変だとか言う種類のものではありません。文法は良く知らないけど、いままで触れてきた英語から、こういうことが感じられる、ということを示してみたかったのです。

ですから、「文法とは、言葉がどう使われるかであって、言葉がどう使われるべきかではない」という意見には大いに賛成ですし、こうやってものを考えることには価値があると思いますね。

たくさん書いてしまってすいませんです。

2012年
08月05日
14:21
room2806さん

肝心の本題を忘れてました。文法学習についてです。

smart ef em や cocone といった英語学習サイトで見かけたり、業者さんや一般個人の方などのブログなどを見ていて感じることがあります。

辞書や文法事項などもずいぶんと丁寧に日本語で説明のあるサイトがたくさんありますね。それ自体は悪いことではないしむしろ歓迎すべきでしょう。日本語で相当に英語の性質を伝えようとしていると思います。問題は、それらを知識として詰め込むことが目的になってしまっている、そういう部分が見え隠れすることもある、ということです。

音楽ならば、音楽理論や音階練習などが中心で実際に楽曲で鍛えるということがない、ゴルフの素振り、フォーム研究ばかりで実際に打ちにいかない。基礎づくりに専念してると言えば聞こえがいいけれど、少しゆっくり話しているニュース的なものや、ヒントやスクリプトのある番組を使いながら丁寧に少しずつやっていく、といつまでも実戦的なものに進めないでいる向きも多いように感じます。

ある程度の力が付いたら、ひょっとしたら、アマリ力が無くても日本語を通さずに英語に触れる時間を増やす方が英語の語感を付けるには有効かもしれない。

また、文法書や学習サイトで例文にたくさん当たっているとしても、それはあくまで「例文」の寄せ集めです。特に冠詞などは、例文と学習者との間での共通のものとしての the が使い易いという傾向もあると思います。冠詞、代名詞の使い方はインタビュー番組などカナリ参考になるはずです。


マウスバード先生が文法書と現実との乖離に触れていますけれども、本当に仰るとおりで実際にはネットの世界だけで生まれては消えている言葉も現実にはあるでしょう。

ここ数年で、people are noticing とか realizing とか、一瞬「え?」と思う話し方がラジオでも出てきて、そういったフォーラムで見てみると賛否両論だったりします。

ゆうべもコールインのラジオを聴いていたら、13歳の少年が、there is a problem with my mom and I.
と電話で言ったところ、すかさず Mom and ME. と直されてましたね。

日本語ならば、「違(う)くない?」これが面白いですね。「でも、それって高くない?」という「。。。くない?」の聞き方が定着した為に「違うんじゃない?」「違いませんか?」と、言い方を換えるということをせずに活用せずに「違うくない?」というんだと思いますけど。

今日は少し書いてみたかったので、でもこの辺でやめて置きましょう。失礼しました。

2012年
08月06日
09:11
MihoGさん

>>1 hiromidukiさん

学校の先生からそう教わってしまうと、最後、それが定着してしまうでしょうね; 娘さんかわいそう~;; 私は文法が苦手だし、習った文法通り話しても通じない時があって、文法ってなんなんさ・・・σ( ̄  ̄;)なんていうジレンマに陥ったりするけど、冠詞に関しては、ちゃんと習える文法の一つじゃないかと思うので、学校でちゃんと教えてもらいたいですよね!!

言葉を標準語にこだわらなくていいっていう考え方は素敵ですね♪ 方言も入れたら、世界中にはたくさんの言葉が存在しているから、たまたま習った言葉が方言やなまりのあるものだったって事もあるでしょうしね!

へぇ~、卓球の福原愛ちゃんって、そういう中国語話すんですね~。きっと話す相手が東北なまりの中国語を使う方達だったんでしょうね!(^^

2012年
08月06日
09:28
MihoGさん

>>2 mouthbirdさん

いえいえ、マバ先生の例え、よくわかりますよ。文法を教えるという仕事に携わっている先生からすると、一生懸命なあまり誤解されたり、文法に関しても、今までいろいろな方と意見を交わされてきた事でしょうね。 私も日本語を教えていいるので、そこらへんのお気持ちわかります(^^

ら抜き言葉は、いい例ですね。文法上は正しくないかもしれないけど、話されている言葉だから、両方教えています。

へぇ~Shallって、そうだったんですね!文法もファッション同じで、時代によって、流行ったり廃れたりするって、わかる気がします。文法とはちょっと違うけど、流行語がそうですよね。私は古い流行語とか好きで未だに使ったりします(笑)

アメリカでは、州によって使われる文法と言っていいのかわからないけど、表現が変わるのでその話し方が癖になると、なかなか戻らないんですよね。 私なんか、授業で真剣になっているとき以外は、あまり考えずに話したり、書いたりするので、未だに簡単な文法ですら間違えています; 

自称文法オタクのマバ先生から教われる私達はラッキーだと思います♪ いつもありがとうございます!

2012年
08月06日
09:49
MihoGさん

>>3 たっつんさん

はじめまして!(^^

どうしてそうなのか?とか、アメリカに住む以上はアメリカのやり方でいくしかないか・・・といったジレンマに陥ったりしていますが、私も、最近になってようやくわかってきた・・・みたいなのが結構あります~w 

歴史を見ると、アメリカは奴隷として送られてきた人たちもたくさんいますが、移民で成り上がった国と言うことや、イギリスや、フランス、スペイン領から自立して自由を勝ち取った人達の国であり、黒人さんも、人権を勝ち取ってきた。そういった背景から、違いを尊重する、自己を尊重すると言う文化は今も根強くあると思います。それが自由という事に繋がっていると私は解釈しています。

まさに、日本のような国で暮らしてきた人には、アメリカの医療制度は厳しいと感じますね。
でも、たっつんさんのおっしゃられるように、

日本人の dependant 、他力本願的な思考性質の典型例

と言うのはするどい点ですね。

ちなみに、アメリカ人が国民保険に反対な理由でよく聞くのは、自己責任で病気になった人の医療費を払うのが嫌だという事です。例えば、肥満や、糖尿病、タバコの吸い過ぎや、おさけの飲みすぎからくる病気などは、自己管理ができていない人間の責任だと考えている人が多いので、そういった人たちの医療費が、税金から使われるなんてありえないと思うようです。私にして見たら、アメリカ人の肥満は国や大企業の責任でもあるとおもっていますけどね。

2012年
08月06日
10:01
MihoGさん

>>4 green-geckoさん

えーーー!!昔、日本にそんな時代があったんですね!!勉強になりました~♪(^^

本当ですね。そんな時代は来てほしくないですね。。。

ちょっと発音や表現が異なる日本語を発すると、それが笑われたりすることもあるので、
笑うほうが、世界の広さを知らない恥ずかしいことかもしれないと、
気づく子どもが増えてほしいな。


さすが、げこちゃん!深いです。言葉って、そう考えると、本当に面白いんですよね。歩く文化みたいなもんですよね。

そこいらに生えている植物の種類に敏感だと、世界が楽しく把握できるのと同じように
(あ、わかりにくいたとえだなーー)言葉の多様性も好奇心を持って楽しみたいです。


めちゃくちゃよくわかります。最近読み終わった本の中ので、「世の中は、食べられるものと食べられないものでできている。」という一説がありました。そういった視点で見ると、世の中がガラッと変わって見えてくるという風に続いていたんですが、めちゃくちゃ納得しました(笑)

私的には、標準語さえ話せれば、相手に通じるだろうという安易な考え方があったのですが、ちえちゃんや、げこちゃんの意見を読んで、すこし嬉しくなりました♪
私も皆が認め合って、居心地のよい空間を作る社会に賛成です!

2012年
08月06日
10:15
MihoGさん

>>8 czeqcx1.7さん

はじめまして!(^^

冠詞は本当にくせものですね・・・ でも、文法として、習い甲斐があると感じるので、頑張りたいです~♪

ニュアンスとして、吸収していくAuthenticな文法学習法は賛成です!この場合は、冠詞 a が付くが・・・というようにガリガリやるのが一番覚えやすい人にはいいのでしょうけど、私はそうじゃないかな・・・; 自分にあった学習法を知ることが大切ですよね。 自然な表現を身につけるなら、やっぱりネイティブの話す英語をたくさん聞くことでしょうね。

ここ数年で、people are noticing とか realizing とか、一瞬「え?」と思う話し方がラジオでも出てきて、そういったフォーラムで見てみると賛否両論だったりします。

people are noticing とか realizing って何かおかしいんでしょうか??

ゆうべもコールインのラジオを聴いていたら、13歳の少年が、there is a problem with my mom and I.
と電話で言ったところ、すかさず Mom and ME. と直されてましたね。


↑そういえば、アメリカ人でも This is between you and I. 等と間違った文法を使いますね~。しかも先生でも これがおかしいと分からない先生もいました。

いえいえ、コメントありがとうございましたー!

2012年
08月06日
10:25
hiromidukiさん

アメリカに住んでるMihoちゃんからの視点、マバ先生のような教える立場の人からの視点、そして私のような学習者(もちろんもっと上級者の方もいらっしゃいますが)の視点、色々あって面白いね。

ちなみに、I'm a Japaneseという答えの解説には「"I like Japanese"なら日本人が好きです。Japanは日本」という、なんだか微妙なことが書いてありました。でも私がI like Japanese.と聞いたら、「日本語が好きです」と思っちゃうけどね。「日本人が好き」と言いたいなら、I like Japanese people.としない?
学校で用意されたプリントだから、先生独自の手作りなのか何かの教材のコピーなのかわからないけど、冠詞を教えたいなら I'm a Japanese student とかにすればいいのに・・・と未だに悶々としている私です。

2012年
08月06日
14:50
MihoGさん

>>14 hiromidukiさん

皆がそれぞれ学んできた事をシェアしてもらえるのでとても勉強になりますね♪(^^

I'm a Japanese. の件ですけど、それでは説明になっていないですね~; なんのこっちゃ; 

一応旦那さんに聞いたんですけど、I'm a Japanese. でも、I'm Japanese.でも 文法的にはOK だそうです; でも、I'm Japanese.の方が自然だと言っていました。 

詳しくは説明はできないようだったので、私なりに調べて見ると、(辞書:大分社のNew Sunriseより抜粋)

I'm Japanese.私は日本人です。(ダイヤ国籍を言う場合はI'm a Japanese. と名詞で言うよりも、この形容詞表現を使う方が普通)

とありました。他にも、ネットで同じような意見を発見したので、やはり、私は日本人よ。と国籍を告げる場合は、I'm Japanese.と言うように、形容詞表現を使うのが自然なんじゃないかと思います。

それと、辞書ジーニアスによると、

a Japanese は一人の日本人
the Japanese は国民全体を指す
Japanese は日本人一般

(3)「国籍」を強調する時は、一般的なHe is Japanese[American].よりも、He is a Japanese[an American].と、名詞とするのが普通。


とあります。

日本人が自分の国籍を告げる場合:I'm Japanese.(形容詞)
日本人が自分以外の人の国籍を告げる場合:S/he is a Japanese. (名詞)


が自然ってこと???


あと、面白い記事のリンク集を見つけましたよ~♪その中から気になった場所を抜粋しました。


アメリカ人が 'Americans' と使うのは、彼らは(ひとりひとりが)自分を、独立した人格だと考えているからである。そして、アメリカ人(=アメリカ国民)が、(日本人のことをひとまとめにして) 'the Japanese' と使うのは、アメリカ人は、日本人にはひとりひとり独立した個人の人格 individual chracters というものがないと考えているからである。もしくは、アメリカ人が、心の奥で at the bottom of their heart 日本人をひとりひとり個人として区別をつけることができないか、あるいはそうしたくないからである。・・・

アメリカ人は、自分たちのことを言う場合には、I'm American という人と I'm an American という人が半々ぐらいです。これは、カナダ人の場合(I'm Canadian、I'm a Canadian) でも、オーストラリア人の場合(I'm Australian、I'm an Australian) でも同じようです。ところが、アメリカ人が他国の人、たとえば、「彼はオーストラリア人だ」という場合には、He is Australian のほうが圧倒的に多くなります。これは、イギリス人の場合も同じで、彼らは、「彼女はアメリカ人/カナダ人/オーストラリア人だ」を、She is American、She is Canadian、She is Australian と言います。一般的に言って、英語ネーティブの人は、それが他国民蔑視の意識によるものなのかどうかはわかりませんが、他国民のことを言う場合には、名詞形ではなく形容詞形を使う傾向があるようです。・・・・

ese という語尾を持つ民族の代表は、日本人、中国人、ポルトガル人ですが、ポルトガル人も自分のことを言う場合には、I'm an Portuguese とは言わずに、I'm Portuguese と言います。


だそうです。・・・深い!!

まとめると、

辞書では
日本人が自分の国籍を告げる場合:I'm Japanese.(形容詞)
日本人が自分以外の人の国籍を告げる場合:S/he is a Japanese. (名詞)


上記文では
英語ネイティブが自分の国籍を告げる場合:I'm an AmericanでもI'm AmericanでもOK.(形容詞&名詞)
英語ネイティブが他国の人の国籍を告げる場合:S/he is American.(形容詞)


ですな。。。

上記リンクの抜粋はその言葉を作った人たちの視点から見た言葉の使い方に触れていますね。

あれですかね、日本語で言うところの邦画洋画みたいなもんですかね。この言葉は、日本語であり、日本人が日本の映画と海外の映画を区別するために作られた言葉なので、外国人がアメリカ映画の事を邦画と言ったら、おかしいですからね。

つまり、英語ネイティブからしたら、You are Japanese.(形容詞) で私が自分の事を言うときもI'm Japanese.と形容詞表現を使わないとつじつまがあわないというこ事でしょうか?


こういった表現の使い分けは、文法だけでは語れないものも含まれていると言えるいい例でしょうか。

もしくは単純に、表現の問題でしょうか? 私たちは、自分たちの事は、私はにっぽんじんです。とはあまり言わないと思うんです。どちらかと言われたら、私はにほんじんです。のほうが今は自然だと思います。どうしてか説明を求められても、そのほうが自然だからと答える方が大多数なんじゃないかと思います。

しかし、I'm Japanese.という簡単な文に、そんな複雑な理由があったなんてね。。。

気になるのは、日本人が国籍をあらわす時は形容詞表現が普通だと言うなら、じゃあ、いつ名詞表現の I'm a Japanese. と単品で使うのか? うちの旦那曰く、I'm a Japanese.でもOkだよ。と言ってます・・・; うちの旦那が、無意識的に日本人と言う国民をまとめてではなく自分と同じように独立したものと見ているから、I'm a Japanese.でも違和感ないんでしょうか???

私は日本語を教えている日本人です。みたいな文では、
I'm a Japanese who teaches Japanese.と名詞じゃないと駄目だと分かりますけどね・・・。


【参照】
http://blogs.yahoo.co.jp/crazy_tombo/40246583.html

http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2006/08/shes_a_britis...

2012年
08月06日
16:11
mouthbirdさん

>>14 hiromidukiさん
> I'm a Japaneseという答えの解説には「"I like Japanese"なら日本人が好きです。Japanは日本」という、なんだか微妙なことが書いてありました。でも私がI like Japanese.と聞いたら、「日本語が好きです」と思っちゃうけどね。「日本人が好き」と言いたいなら、I like Japanese people.としない?
> 学校で用意されたプリントだから、先生独自の手作りなのか何かの教材のコピーなのかわからないけど、冠詞を教えたいなら I'm a Japanese student とかにすればいいのに・・・と未だに悶々としている私です。

おっしゃる通りと思います。^^
(ただ、冠詞は日本人にとって難しいからあまり突っ込まないで欲しいなあ…同業者としては気持ちがよくわかるのです)


>>15 MihoGさん
緑字の部分、面白いですね。「個人の人格」が、キモかと思います。

>じゃあ、いつ名詞表現の I'm a Japanese. を使うのか?
単純に言えば「私は、ある1人の日本人だ」と言いたいような文脈で使います。
I'm だと分かりにくいので、↓こういう例を挙げます。

I met a Japanese the other day. (この間ある日本人に会ったよ)

要するに an は「ある」という意味があるので、その意味を加えたい場合は、an Japanese と使うのです。(何度も言いますが、こういう知識は英文法の学習時に習うんですよ。本当は。知らないのは習っていないだけ)

アメリカ人が、I'm an American. と使う例が多いのは、「俺は一介のアメリカ人だ」と主張したい場合が多いからではないかと思いました。

それから、「英語の標準語」についてです。
英語の場合ここまで世界規模で使われていると、英語には標準語と言えるものがないと思います。TOEIC(R)テストも現在は、英・米・加・豪のスピーカーをバラバラに使うぐらいですから。ただ幸い、多くに違いはないので、中学高校ぐらいで学ぶくらいなら、困らないのです。
 ちなみに、インドで習う英語はイギリス英語、フィリピンで習う英語はアメリカ英語です。これはインドは一時期イギリスの植民地で、フィリピンは一時期アメリカの植民地だった影響です。日本は、明治期はイギリス英語、戦後はアメリカ英語なので、変なチャンポンが出来上がってるのです。(論文、物語文、文法がイギリス英語で、会話がアメリカ英語みたいな感じです)

ちなみに、他の言語の場合
・フランス語…標準フランス語を国で管理しています。それでも大分崩れてきているようです。
・ポルトガル語…本国のポルトガルよりも、ブラジルで使われるポルトガル語人口の方が圧倒的に多いのです。(両者のポルトガル語はやっぱり微妙に違うようです) 日本でポルトガル語を習う場合、テキストは「ブラジルのポルトガル語」のもので習うようです。こうなると、ポルトガル語は何を標準としていいか分からなくなります。ポルトガル本国のポルトガル語のテキストが少なくとも日本には皆無なのだそうです。

---

日本で学ぶ英文法は伝統的にイギリス英語なのです。しかも19世紀ぐらいに流行ったイギリス英語がそのまま現在まで生き残っています。
昔、イギリス人に、私の漫画「マンガで覚える英文法」のなかにある例文の1つ
 What a pretty girl she is!
を見せたら、「古い! こんなのビクトリア朝時代の英語だ」と言われました。これは私にはとっては「へ~古い表現なのか!」と驚いた出来事で、それはそれで面白く感じました。
しかしこれは「感嘆文の説明例文」なので、変えようがないのです。
なので、私はこのイギリス人に「でもベーシックスタイルでしょ?」と聞きました。そしたら「そうだね」とは言ってくれました。

学習者としては、「日本で習う文法は古い場合があるけどベーシックスタイルなんだ。その上で、現代流に、あるいは(もしアメリカにお住まいなら)アメリカ流に変えれば良い」と私は思います。

2012年
08月07日
02:17
MihoGさん

>>16 mouthbirdさん

私がいろいろ思考していたのは、I'm a Japanese.という短文なんです。
アメリカ人がI'm an American.「俺は一介のアメリカ人だ」 というように、I'm a Japanese. と言えないのか?という点だったんですけどね。

>単純に言えば「私は、ある1人の日本人だ」と言いたいような文脈で使います。
私もこれは思いましたが、状況が想像できなかったんですよね。それに、これがI'm an American.だと、私は一人のアメリカ人だというよりは、「私は一介のアメリカ人だ」というニュアンスになる点からも、どうしてJapaneseの場合はだめなのか?という疑問もありました。それは、リンク先でも解説されていますけどね。

>I met a Japanese the other day. (この間ある日本人に会ったよ)
これは、I met なので、I met a Japanese.で、「ある日本人に会った」だと私もわかります。

>TOEIC(R)テストも現在は、英・米・加・豪のスピーカーをバラバラに使うぐらいですから。
これはどういうことでしょうか?このテストはアメリカ英語のTOEICです。みたいな???

>日本で学ぶ英文法は伝統的にイギリス英語なのです。しかも19世紀ぐらいに流行ったイギリス英語がそのまま現在まで生き残っています。
時代によって、言葉も進化している。でも、外国語の文法を変えるのはなかなか難しいということでしょうか。

そういえば、昔日本にいた方が、渡米し、その頃はなされていた日本語を今でも使っているという話しを聞きました。(アダルトスクールの先生の奥さんのお父さんなんですけど)今では使われていない生きた化石のような言葉だそうです。 生で聞いてみたいな~と思いました♪

>英語の場合ここまで世界規模で使われていると、英語には標準語と言えるものがないと思います。
確かに、そう考えるとそうですよね。納得。多分私がこちらの先生に質問した時は、アメリカ英語の中では標準アメリカ英語はあるのかを聞きたかったんだと思います。

>What a pretty girl she is!
えーーーー、これ古いんですか? 今風には何ていうんだろう??
How pretty she is! とかでしょうか?

>学習者としては、「日本で習う文法は古い場合があるけどベーシックスタイルなんだ。その上で、現代流に、あるいは(もしアメリカにお住まいなら)アメリカ流に変えれば良い」と私は思います。
そうしかないかもしれないですね。こういった知識が広まると、文法どうりに話しても通じない事があるという矛盾の理由が分かっていいですよね。問題は日本に住む学習者だとアメリカ流とか、現代流がどういうものかわからないという点でしょうね。

2012年
08月07日
11:12
hiromidukiさん

>>15 MihoGさん
>>16 mouthbirdさん

お二人とも、興味深いお話ありがとうございました。言語は変化するもの、以前は若者言葉だった awesome も、今では老若男女使っていると聞いたことがあります。これはどの言語でも共通なのでしょうね。

言葉だけに限らず、文法だって変化しているのですよね。私と同年代のカナダ人の娘さん、10代後半ですけど、会話にやたらと like をはさむとか。彼としては気に入らない話し方なので、直すようにいつも言ってるそうです。

最近は英語を聞けば、大体どこの英語かの推測はつきます。うちの旦那は英語と米語の区別がついてませんけど、明らかに発音でわかります。でもこれも最近になってやっとなのです。私が学生の時は、国によって使われている英語が違うだなんて教えてもらわなかったような気がします。知り合いのアメリカ人が、彼のFBのコメント欄に書かれた It's a pity. という表現を、「イギリスっぽい、なんだか女王陛下が使うようなフレーズだ」と言ってました。このコメントは、彼の友達の日本人が書いたもので、恐らく彼女が学校で習った表現なのだろうと思います。確かにアメリカの表現をメインに学習するようになってからは、ほとんど聞いたことがないような気がします。たいていは It's too bad. とか、That's too bad. なのではないでしょうか。

「言葉を学ぶ」って、ひとくくりに出来ない部分があって、本当に奥が深いですよね。

2012年
08月07日
12:21
mouthbirdさん

>>17 MihoGさん
> 私がいろいろ思考していたのは、I'm a Japanese.という短文なんです。
アメリカ人がI'm an American.「俺は一介のアメリカ人だ」 というように、I'm a Japanese. と言えないのか?という点だったんですけどね。

なるほど。そうでしたかー。ごめんなさい。誤解してました。

> >TOEIC(R)テストも現在は、英・米・加・豪のスピーカーをバラバラに使うぐらいですから。
> これはどういうことでしょうか?このテストはアメリカ英語のTOEICです。みたいな???

TOEIC(R)テストのリスニングセクションの音声は、英・米・加・豪のスピーカーを問題ごとにバラバラに使っています。発音の違いもさることならが、表現も、アメリカ人ならアメリカ英語、イギリス人ならイギリス英語を喋っています。 つまりTOEIC(R)テストの目的としては、どこの国の英語でも分かるようになりましょう、というものなのです。

>>What a pretty girl she is!
> えーーーー、これ古いんですか? 今風には何ていうんだろう??
> How pretty she is! とかでしょうか?

わからないです。たぶん「感嘆文が古い表現だ」と言いたかったのだと思います。ただこの人はイギリス人です。イギリスでは古くても、アメリカだと古くないのかもしれません。これはぜひだんな様に聞いていただければと思います。

> 問題は日本に住む学習者だとアメリカ流とか、現代流がどういうものかわからないという点でしょうね。

英語が好きで大得意な人は違いをなんとなく気をつけていて、ある程度以上分かっていると思います。ただこれは「得意な人だから分かること」と思います。また分かったとしても、現地(アメリカならアメリカ、イギリスならイギリス)に住んでいる人ほどは、はっきりとはわからないでしょう。ちなみに私は違いが全然わかりませんw
 現地に住んでいる人や上級者ならともかく、日本にいる普通の(特に初級の)英語学習者は、イギリス英語とアメリカ英語や古風・現代流といった区別を意識できるレベルではないと思います。学習教材は山ほど溢れていますが、その多くが「ベーシックスタイル」を学ぶもののものはずです。イギリス英語もアメリカ英語もベーシックスタイルは同じで、学習者の多くはベーシックスタイルのレベルでつまづいているはずです。
 ベーシックスタイルを学びつつ、現地でそれが通じなかったら現地で直せば良いと思います。 例えば either は日本の教材ならほとんど「イーザー」と発音して、それを習いますが、「アイザー」と発音するアメリカ人(カルフォルニア人)は結構多いはずです。このレベルで少しずつ直せば良いと思います。

2012年
08月09日
04:52
MihoGさん

>>18 hiromidukiさん

いえいえ、こちらこそ、意見のシェアありがとうございます!(^^

私もアメリカに来て実践でいろいろ学びました。 ガチなのでいつも大変です(苦笑)

今回実際に文字にしてこのブログを書いて見て、なんだか深く掘り下げられたような気がします。

1番~20番を表示

次を表示