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The Bridges of Madison County (マディソン郡の橋) 映画 1995年
昔、この本が爆発的にヒットしてベストセラーになった頃、私も一応読んだ(翻訳で)。でも、その時の感想は「けっ。馬鹿馬鹿しい!何考えてんの、この女の人」だった。
何年もの月日は流れ、ふと図書館でビデオを見かけて借りて観たら・・・なんと大感動! 涙・涙で、ついにDVDを購入してしまった。 久しぶりに昨日出してきて、3回も4回も観ている。よくまあ、私の涙も豊富なものだと思う。
本は、映画に感動してからもう一度読んだが、やはり好きではない。心情を言葉で説明しすぎなのだ。
それに対して映画では、映像で言葉以上のことを語っているから、心に響く。
田舎の農家の中年の主婦、Francescaは平穏な毎日を送っていたが、家族みんなが旅行に行って一人で留守番をしていたある日、カメラマンが道を尋ねに来たことから、運命的な恋に落ちることになる。
Robert: You know, I get the distinct feeling that I’m lost.
ロバート: どうやら道に迷ったようです。
「I get the distinct feeling that …」で、ちょっと間接的な言い方にしているのだなあ。私には、すらっと言えない。
その後、橋まで案内し、ついに夕食に招待までしてしまう。
(Francescaが、「あなたはそんなに普通じゃないと思うわ」と言ったのに対して、)
Robert: That’s all right. We’ll just chalk it up to a compliment and…
ロバート: 気にしないでほめ言葉と解釈しましょう。
「chalk it up to ~」は、「~のつけにする、~のせいにする」という意味で辞書に載っているが、ここでは「~ということにする」と考えればいいのだろうか。
そして、二人はどんどん親密になり・・・
Francesca(monologue): I was acting like another woman, yet I was more myself than ever before.
フランチェスカ: 私は別人となり、でも真の自分を見出していた。
Francescaは、昔は教師をしていた。その後、農家の主婦として適応し、何の不満もなかったはずなのに、彼女の奥底に封印されていたインテリ部分(真の自分)が、Robertの出現によって目覚めさせられたのだと思う。
最後の決断を迫られる場面、夫の助手席に乗っているFrancescaの前には、Robertの車が・・・。
彼女が家庭を捨てて、ついて来てくれることをあきらめきれずにいるRobertは、青信号になっても発車をためらっている。
今なら間に合う。どうする、Francesca。ドアを開けて、彼の車に乗り移るか・・・・
何度見ても、涙が出てしまう。
台詞も独白もないけれど、彼女の心のうちが見事に表されている。
もう、最高の映画だ~!
と言いたいが、ただ一つ不満がある。
Clint Eastwood は監督に専念して、主演は Kevin Costner でお願いしたかった。1995年当時では、ちょっと若すぎかな。 それにしても、65歳のClint Eastwoodではあまりにも老けすぎだったと思う。
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