「ぼくは べんきょうが できない」 と言うタイトルの本の中の一説で、
「けれど、人間が、そんなにも弱くて良いものだろうか。つまんないんだもん、もてないんだもんで否定されてしまうようなものなら、初めから無いも同然ではないのか。」
という文があります。この解釈に困っています。
内容は、時田君と言う子は勉強ができないんですけど、女の子にはもてるんです。彼は、人を蔑んだりする人間が大嫌いで、顔のいい人が言うことは信用できるけど、顔が悪い人の言うことは信用できないという高校生です。彼の同級生で脇山君と言う子がいて、彼は大学を出なくちゃまともな大人になれないと思っている学年トップの秀才です。なぜか時田君をライバル氏し、目の敵にしています。
時田君は、彼を懲らしめるために、幼なじみのまりちゃんをつかって、脇山君に接近させ、彼を初めて恋に落とさせました。
その後、まりちゃんは、「私、勉強しか取り得のない男の人って、やっぱ苦手みたい。つまんないんだもん」といって振ります。 それ以来脇山君の成績は11位さがります。
その様子を見た時田君は、
「こんなにも呆気なく自分を否定されたら、どういう気分だろう。しかも、こんなに軽い言葉で。だって、つまんないんだもん。その上に、どのような賛辞を付け加えても捕うことは不可能である。なんと可哀相な脇山。はははは、真理、良くやった。
ぼくって悪い奴なのだろうか。思わず笑った後、口を押さえながら思う。ほんの少し考え方を変えさせてやろうと思いついたことが、脇山にとっては、大事件だったのかもしれない。考えてみれば、ぼくが十一位落ちるのと、入学から、ずっと一位を保ち続けて来た彼が十一位落ちるのとでは意味は違う。試験結果が出た後の彼の憔悴ぶりから察すると余程のことだったのだ。」
と続けて、その後
「けれど、人間が、そんなにも弱くて良いものだろうか。つまんないんだもん、もてないんだもんで否定されてしまうようなものなら、初めから無いも同然ではないのか。」
と続きます。
「けれど、人間が、そんなにも弱くて良いものだろうか。つまんないんだもん、もてないんだもんで否定されてしまうようなものなら、初めから無いも同然ではないのか。」
の解釈に迷っているんです。
もし分かる方やいいアイデアがある方がいたらご意見聞かせてください。
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