英語学習は妄想と仲良し・2 〜不正解でも「正解」と思い込む妄想〜
前回、私は「数学の聞き流し教材なんて誰も信じないのに、なぜか英語だと人は妄想に騙されてしまう」という話をした。
今回はその理由の1つである、「英語は、数学に比べて圧倒的に『ごまかし』が効きやすい」という不都合な真実を暴きたい。
これは、やはり「算数・数学」と比較すると一瞬で理解できる。
例えば、ある算数の問題が出題され、正しい答えが「1000」だったとする。この時、あなたが「答えは999です」と言ったら、先生から容赦なく「×」を食らうだろう。「1001です」と言っても、当然「×」だ。「1000」とピタリ言い当てた時のみ「〇」になる。わずか「1」のズレすら許されない。算数の世界では、自分の実力をごまかすことなど絶対に不可能なのだ。
では、英語(特にリスニング)の世界ではどうだろうか。
YouTubeなどで、よく「こうすればネイティブの音が劇的に聞き取れる!」という系の動画がある。英語の音声が流れた後、画面の向こうの講師が笑顔でこう言うのだ。「ほら、こう意識すれば聞き取れたでしょ? 簡単でしょ?」と。
私のような人間は、ここで絶対に自分をごまかさない(ごまかせない)。聞き取れなかったら、「全然聞き取れねーよ!どこが簡単なんだ!?」と画面に向かって憤慨しまくる。
ところが、どうやら私のような人間は少数派のようだ。世間の多数派は、ここで不思議な「妄想」を発動させる。「聞き取れなかった気もするけど、先生が簡単だと言っているんだから、本当は聞き取れていたんじゃないか……?」と、自分に都合よく思い込んでしまうのだ。
人は「誰でも簡単にできるはず」と言われたことができなかった時、プライドが邪魔をして、無意識に「できたこと」にしてしまう生き物なのだ。
厄介なことに、この「本当に聞き取れたかどうか」は、普通は誰にも確かめられない。もしそばに誰かがいて、「じゃあ今なんて言ったか、正確に教えて?」と突っ込まれたら、おそらくほとんどの人が逃げ出すだろう。本当は聞き取れていないことがバレてしまうからだ。
仮に、近くに判定してくれる人がいたとしても、算数のようにはいかない。判定役が優しいネイティブだったら、相手のプライドを傷つけないために、ちょっとくらい間違っていても「Good!(大体合ってるよ!)」とオマケの「〇」をくれてしまう。
つまり、英語は算数と違って「わずかに間違っていても〇にできてしまう」のだ。間違っている現実から目を背け、「〇だった」と思い込めれば、その瞬間は気分が良い。
したがって、中身がスカスカの「こうすれば聞き取れる系の動画」ほど、世間では「分かりやすい!」と大絶賛され、評判が良くなるのである。
「じゃあ、実際にどのくらい役に立ったのか、アンケートデータを取ればいいじゃないか」と思うかもしれない。
しかし、残念ながらそんなデータは存在しないし、仮にアンケートを取ったとしても、1ミリも信用できない結果になるだろう。
なぜなら、アンケートに回答する当事者たちが、すでに「聞き取れた」という妄想の中にいるからだ。本当は聞き取れていなくても、プライドや思い込みから、アンケート用紙には堂々と「聞き取れるようになりました!」と書いてしまうのである。
結局、アンケートを取ったところで「妄想の集計データ」が出来上がるだけだ。
英語学習における「ごまかし」と「妄想」の根は、それほどまでに深いのである。
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