「みんな英語を話せ」という大いなるお節介
「英語が世界基準なんだから、お前らも英語を話せ」
英語しか喋れないアメリカ人が、そんなことを言う場合がある。
半分冗談かもしれない。だが、これを真に受ける日本人がいるのが、私にはどうしても解せない。
「ネイティブ様が『英語は世界基準だ』とおっしゃっている。だから日本人全員、英語が話せるようにならなきゃダメなんだ!」と、大真面目に主張する人たちがいる。
これに対して、私は2つの意味で強い違和感を覚えている。
① 英語圏に生まれた奴だけ、ズルすぎないか?英語圏に生まれた人間は、世界標準とやらの言語を新たに学ぶ必要がない。
母語以外を学ぶ必要がないやつらが、なんで上から目線で「母語以外を話せ!」って堂々と主張できるのだ?
一方で、非英語圏の人間は、なぜ多大な努力をして母国語以外を話さなければならないのか。この時点で圧倒的に不公平だ。
② なぜ全員が「世界基準」に合わせる必要があるのか?
日本を離れて世界で活動したいという人なら、世界基準(英語)に合わせる理由はよく分かる。大いに勉強すればいい。
だが、日本から出る気もない、私のような人間まで巻き込まないでいただきたい。
「【みんな】英語が話せるようにならなきゃ駄目だ」
この「みんな」という主語のデカい同調圧力を、本当にやめて欲しいのだ。「あなた」が英語を話せるようになりたいなら、誰も止めない。勝手にやってくれ。
日本にいて、英語が必要ない人にまで「英語をやれ」と強要する世の中の空気。それこそが、ネイティブ至上主義がもたらした最大の「罪」だと私は思っている。
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